2020.08.04
遠距離家族2
コーヒーカップに隠れた方の携帯が鳴っている。
何回か取り損ねた末に
こっちも忙しいんだよ。
許してくれよ。
携帯に話しかけてもしょうがないか。
「はい、もし」
「あはい。どうしたの?」
「あのね!ハルちゃんが、ハルちゃんがね、
今朝から熱っぽいの!」
「ぇえっ!ちゃんと子供用のマスクさせてたのか!
離れてるんだから、それでなくても心配なのに、
ちゃんと見ててくれよ!あれだけ言ってたのに!
何かあったら!」
~妻は泣いていた。
君の嗚咽
最後に聞いたのはいつだったか。
つきあい始めて
お互いを名前で呼ぶようになった頃
僕は事故にあった。
君を送った帰り道
猫は轢かずにすんだけど
ブロック塀で視界がいっぱいになった後
見慣れたペアリングが
なぜかゆっくりと、静かに目の前を飛んで
フロントガラスへ食い込んでいくのが見えた。
あと、真っ暗になった。
病院で、妻の嗚咽で目が覚めた。
~鳴っている。音がしている。
暫くしてその音が自分を呼ぶ音だと気がついた。
意識がオフィスの喧騒の中へ戻った。
妻からの携帯が呼んでいた。
「ハルの熱さがったよ!良かったよぉ」
妻の声。
「今から帰るよ、検査してすぐに」
僕は妻に告げる。
「本当に絶対に帰るから」
~携帯の向こうから、
3度目の妻の嗚咽が聞こえた。
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